ひく波の跡美しや櫻貝 松本たかし

平野武利さんの懐かしい文字

 2015年の4月、写真製版の師匠であり友だちでもある平野武利さんから、「このところ、この一句にくぎ付けされています」と、裏に句のコピーが貼られたハガキが届きました。

 貼られていたのは、俳人黛まどかさんの本のコピーで、句の解説と松本たかしさんの略歴もありました。

 ぼくの頭の中にも、平野さんのイメージが静かな波のように伝わってきました。

 松本たかしさんの句と人物を、もっと知りたいと思い、昭和俳句文学アルバムにあった『松本たかしの世界』(梅里書房)を、読みはじめました。

 松本たかしさんは、小野千世さんのお父様近藤禮さんと同じ宝生流の能役者を目指し、幼少期から稽古に励んでいました。しかし、14歳の時に肺結核を病み、能の世界から離れ、俳句の世界に入った人でした。

 読み始めると、笑顔の松本たかしさんと一緒に、のびのびとポーズをとる少年たちの写真に目が留まりました。

 名前を見ていくと、そこに「近藤礼」とあり、〝ええッ〟と驚いてしまいました。

小野千世さんからのコメント
「名門の若君の勢揃いです」
「父近藤禮は最年少でした。〝レイチャン〟〝レイボウ〟と
皆さんからかわいがられていました。
しかし本当は苦労の多い哀しい少年時代であったようです」

 

 〇

 すぐに小野千世さんに、この写真をお送りしました。千世さんもはじめて見る写真であったようで、とても驚いていました。そしてすぐに仏壇にお供えしたと連絡がありました。

 平野さんにもこの驚きをお伝えすると、句が導いてくれた縁ではないかと、喜んでくれました。

遠く天の川が見える星空を
仰いでいる雪だるま
(野川公園)

雪だるま星のおしゃべりぺちゃくちゃと 

 この句も松本たかしさんです。

 にぎやかにきらめく星たちの声を、ひとりじっと聞いている雪だるまのイメージが、頭の中に浮かび上がってきました。

     

 今年三月、雪が残る旭川と東川町を、小野千世さんご夫婦と一緒に、原画展と講演を行いました。その宿泊施設コモンズ東川の前の道から見上げた、星空を見た時のことでした。この句とともに、忘れられない思い出です。

 

 俳句は、印画紙の代わりに、17字の文字でイメージを表す写真のようです。

 写真が好きな平野さんも、きっと同じように感じたのかもしれません。(2023年12月)

 

 〈小野千世さんから〉

 ひとり夜を待つ雪だるまは少し淋しいですね。

 父の親友の松本たかしさんの句を作文に書いてくれてありがとう。

 三月の懐かしいチラシ。がんばった日々が蘇ってきます。

チラシ右下の愛犬と一緒の禮さんには
『松本たかしの世界』に載る〝レイチャン〟の面影が