今までのトロトロした煮込みの味は消え、どこか希薄な味に変わった気がしました。
司が休業していたのは、36歳だった次男を脳腫瘍で、続けて奥さんを乳がんで亡くされていたためでした。
次男を失った時、奥さんから「後を追って、一緒に死にましょう」と、マスターは言われたそうです。それが奥さんには本当のことになってしまいました。
休業中のできごとを、マスターは淡々と話してくれました。ぼくは黙ってきいているばかりでした。
奥さんがもういないことが、あっさりした煮込みの味からも伝わってきました。
それでもしばらくは、マスターはひとりでがんばっていましたが、やがて中井の土地を売り、統合失調症になった長男を連れ、千葉の九十九里浜沿いの町に引っ越していきました。
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奥さんが亡くなった後、お店を手伝っている長男をマスターから紹介されたことがありました。
中学校では地元の番長だったと話すマスターに、息子の気力を鼓舞したい父親の想いを、ぼくは感じました。しかし、ぼくの目にはどこかうつろな背の高い男にしか映りませんでした。
海に近い静かな町で、マスターは長男と一緒にお店をもう一度始め、長男を立ち直らせたいと考えていたようです。
しばらくして、「会いたいから、一度来ないかい」の電話があり、ぼくはすぐに会いに行きました。
部屋は厨房道具で埋まっており、この町でお店をやっていこうという気持ちがひしひしと伝わってきました。
ただ、奥の部屋の方からは、大男だったあの長男の声がか細く時々漏れてきました。
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移り住んだ町から九十九里浜が近いため、夕方一緒に行くことにしました。
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ぼくはその後もマスターを応援していたのですが、あの煮込みの復活はありませんでした。(2023年11月)
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【司の思い出】 絵本を作っていた製版所の同僚と