2011年10月に、出版社の未知谷が刊行20周年の記念に出版された謎多い彫刻家ピンゼルの作品集。
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2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻から、二か月になる4月17日のNHK日曜美術館で放映された『日は語る 激動のウクライナ』の中でリビウにあるピンゼルの作品が紹介されました。その映像が深く印象に残り、この作品集をあらためて見ることになりました。
この作品集は未知谷さんにはじめて伺った時に目にしました。迫力に圧倒されるように見ているぼくを社主の飯島 徹さんが見たからでしょうか、作品集を渡してくれました。
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序文は神奈川県立近代美術館の館長水沢勉さん。水沢さんの文章は作品に呼応するように、水沢氏の心臓の鼓動が伝わってくるものです。また、解説はリビウ美術ギャラリーの館長だったボリス・ヴォズニッキ(1926年~)が書いています。ピンゼルの上記ウィキペディアにも書かれていますが、この人はソビエト連邦時代の宗教政策の下、危険を冒し資材を投じピンゼル作品の収集と修復をされてきた人です。
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作品集は背景に青が多く使われています。ピンゼルの彫刻は黄金が多く、青と黄の対比が素晴らしい絵作りになっています。ウクライナ侵攻が始まるまでウクライナ国旗を知りませんでしたが、この国旗の色が基調になっています。
大変美しく、心を揺さぶられる作品集です。多くの人に見てほしい作品集です。
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作品集の撮影は illia Levin と書かれています。ピンゼルの作品を客観的に捉えるだけでなく、作品の持つドラマチックなイメージをより強調するアングルで、大胆に撮影しています。
作品集の画質からは、銀塩写真ではなくデジタルデータと推測されますので、決して古い写真ではないと思われます。撮影をした illia Levin さんのことを知りたいと思いました。
SNSに名前を入れると、ウクライナ出身の同姓の人はいました。ウクライナの人に多い名前なのかもしれません。もしかして、この若い人が撮った・・・そう想像すると明るい気持ちになってきました。
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4月に放映されたNHK日曜美術館『美は語る 激動のウクライナ』 を見る中で、印象に残った言葉を紹介します。
東京大学教授の青柳正規さんがピンゼルの「聖母マリア」を見て・・・
「バチカンのミケランジェロの〝ピエタ〟のマリアは、多くの人の想いが結集して作られた抽象的な姿。ピンゼルのマリアはある個人が思い抱く姿。ピエタのマリアは韻文的であり、ピンゼルのマリアは散文的に見える」、このように話していました。作家でもある司会の小野正嗣さんは、この言葉にたいへん共感されていました。
宗教に関わる美術作品は、形式的な見方があると考えがちです。しかしすべての作品がそうではなく、ピンゼル作品のように心にストレートに入ってきたものは、想いのままに見てよいのだとぼくも教えてもらうことができました。
ぼくも大学で美術を学んでいた時に、イコン(聖像画)に魅かれた時期がありました。しかし、イコンは〝見る〟のではなく〝読む〟ものと教わり、自然と遠のいていきました。青柳先生の言葉を聞いていれば、宗教美術も〝見る〟ところから始めてよいんだと思えたかもしれません。もう一度イコンをゆっくり見たいと思いました。
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ジャベリンを手から放す聖母マリアを見る日が、一日でも早く来ることを願っています。(2023年1月)