7年近く前ですが、朝日新聞の「とにかくすごい障害者アート」(2015年9月26日)の記事を見て、どうしても実物の作品を見たいと思ったことがありました。

朝日新聞(2015年9月26日)の記事

 特に、記事の右に載っていた杉浦篤さんの作品と写真の残像が目から消えず、飛んでいくように北浦和にある埼玉県立近代美術館に行きました。企画展は『すごいぞ、これは!』です。

『すごいぞ、これは!』図録
杉浦篤さんの作品ページ(8ページに21作品が掲載)
表紙には『This is Amazing!』、
文化庁のロゴマークが入っています
『すごいぞ、これは!』図録
左下には埼玉県立近代美術館の学芸員である
前山裕司さんの解説があります

 解説には、「触ったり、擦ったりした結果、出現するのは周囲が丸く摩滅し、ときには何が写っているか、判別しがたい、古写真と見まがうような趣きの写真である。(中略)いつまでも愛でていること、いわば愛の深さゆえに、逆にすり減っていく像、とみるのは、感傷的過ぎるだろう。(以下略)」と、あります。これらの作品を集めたサイト「工房集」には、杉浦篤さんの他にも、たくさんのアーチストが紹介されています。紹介されている作品からは、大きなエネルギーが伝わってきます。

 この紙を愛でる気持ちは、幼い頃のメンコをいつまでも捨てることができない時や、慈しむようにアルバム帳から切手を取り出す時などにも感じる、紙媒体の持つ不思議な魅力です。デジタルボーン世代へと移り変わっていきますが、この紙の魅力は伝え続けていきたいと考えています。

 大正12年(1923年)生まれの父が、2015年に亡くなるまで持っていた印刷物に、上村松園「長夜(ちょうや)」があります。昭和6年(1931年)に発売された『婦人倶楽部』(12巻9号)の付録です。四つに畳んで大事に持っていたのでしょうか。愛でるように持っていた1枚の印刷物です。90年以上前のため、紙はかなり焼けていますが、印刷は現在もしっかりしています(絵のサイズ:縦330ミリ×横235ミリ)。

左には「凸版印刷株式会社 HB製版印刷」とあります

 東京で空襲に遭った時も、戦後北海道に渡った時も持っていました。父は大切なものを見せるように、この印刷物の「長夜」を見せてくれました。そして「昭和一桁の時代が、一番よかった」と話していたことを覚えています。父の少年時代でした。

 長夜の実物は、明治40年(1907年)絹本(けんぽん)に描かれた大きな絵です。父が見たのはずっと小さな印刷物でした。しかし、印刷物だからこそ自分の手元に持っていることができ、少年時代の思い出として手放さずにいたのだと思います。印刷物の不思議な力です。

 父が大切にしていたこの印刷物を額装しました。父は喜んでくれました。しかし額などなく折り畳んだままの方が、父の中では生き生きしていたのかもしれません。それでも、この絵は額の中で静かに休んでいます。この絵を見ると父を思い出します。(2022年4月)