色分解に携わった杉田豊さんの絵
その色校正(日付:昭和56年10月)41年前のもの
どうぶつ社のジグソーパズルでした

 最初に勤めた製版所は目白にありました。町工場でしたので、色校正(印刷の準備のための試刷り)のような紙類はすぐ一杯に溜まってしまうため、定期的に処分していました。ここで紹介した色校正はその中から拾い出し、捨てることができずに大切にしてきたものです。1枚の絵の大きさは、横368㎜×縦245㎜のB4変形です。 

 色校正を廃棄する箱を定期的に覗いては、大切にアパートに持ち帰っていました。住んでいたアパートでは、集めた色校正の束の上で寝ていたこともありました。しかし、引っ越しをする度に捨てることになり、現在はわずかに数枚ある程度です。その中の一枚です。

 杉田豊さんの絵は、当時開園して間もない東武動物園のポスターにも使われ、その製版カメラでの色分解も担当しました。ポスターは製版カメラで拡大し撮影し、さらに目伸ばしをして作りました。

〈製版カメラについて〉

 今までに、ホームページの中で数回「製版カメラ」という言葉を使ってきましたが、なかなか想像できなかったのではと思います。2011年の6月12日に、NHKの日曜美術館で放映された『法隆寺金堂壁画 ガラス乾板から甦る美」の中で、取材を受けた便利堂での作業風景が放映されたことがありました。その録画映像がありましたので、その一部を利用させていただくことにしました(著作権・肖像権がありますので、このホームページ閲覧のみでお願いします)。便利堂さんのホームページ〈コロタイプ通信〉にも、この 日曜美術館の記事は掲載されています。

京都の便利堂の製版カメラ( NHK日曜美術館の映像から )
レンズが前に出れば出るほど拡大率は高くなります

↓ 製版カメラの蛇腹部が伸び、製版カメラの内側でピントを合わす作業までの34秒の映像です

( 当時、司会をされていたNHKの森田美由紀アナウンサーの声で音声が流れます

▷ クリックで動画が始まります

*この映像は、モノクロの乾板の撮影ですが、色の付いた原稿を撮影(色分解)する際は、暗室内は赤色灯も点けることができず全暗黒でした。映像の最後では、磨りガラスにルーペを付けてピント合わせを行う作業があります。見えていない左手には、カメラの蛇腹を前後に動かすハンドルがあり、ピントを微調整しています。一番気を使ったのはピント合わせでした。

 この製版カメラの拡大撮影を通し、初期の杉田豊さんの絵本は作られていたと思います。ぼくが担当した時も、蛇腹部が契れてしまうぐらい伸ばして撮影していたことを覚えています。

 現在では、製版カメラは使われることはありません。代わりに、平面スキャナやデジタルカメラでデータを撮り込み、その画像データを拡大して使っています。また、画像データを拡大する際は、現在でも画像加工をいろいろ駆使し、より美しい再現を目指していると思います。

 昭和59年(1984年)12月から翌年の3月まで、NHKの教育テレビ(現在のeテレ)で趣味講座「イラスト入門」がありました。放映は夢中で見ていたのですが、まだ録画する機材は持っていませんでした。映像はありませんが、当時のテキストは残っていましたので、杉田豊さんのページを紹介したいと思います。

杉田豊さんは昭和60年の2月26日と3月3日に二度にわたり放映

 そこには、「カラーインクを使って、小さい画面を大きな筆で描いてみる、それを拡大したらどうなるか、という、はじめは実験のようなつもりでやりました。ところが、カラーインクは印刷が非常にむずかしい。透明感があって、しかも何度もぬり重ねをするので色の厚みがある、それをさらに拡大するわけですから、製版は大変です。拡大すると、俗にいうアミ点がごねて、画面が汚くなる、それを出さないで質感と透明感をともに出すのは、至難のわざだったわけです。幸い、私の無理な注文を受けて立つ製版会社がありました。これは、私にとっても、製版にとっても、一種の挑戦だったと思いますが、カラーインクの原画の製版・印刷をはじめたんです。」(テキスト108~110ページ)と書かれています。紹介されているのは至光社の絵本(海外版)。受けて立った製版会社は新日本セイハンです。

 今読んでも、たいへん新鮮です。

 〝 アミ点がごねて、画面が汚くなる 〟とは、粗目(あらめ)(荒目)の水彩紙の凹凸と、そこにできるインク溜まり、これがスクリーン(50秒付近にスクリーンのイメージ映像が出ます)の目と干渉し合う(=ごねる)ことだと思います。

 前回紹介した小野千世さんの絵本『かわ』も、拡大製版と言う、至光社と製版人の挑戦から作られた絵本でした。

 撮影や製版の機材は進化し、格段に向上しています。それでも、先人たちの「挑戦」の中に、何かヒントの芽を見つけてもらうことができれば、杉田豊さん、至光社の武市八十雄さん、新日本セイハンの技術者たち、貴重な製版カメラの映像を残された便利堂(とNHK)の技術者たち、それぞれ喜んでくださるのではないでしょうか。(2022年5月)