平野さんが守ってきた国立の町の駅前には、1955年に開業した白十字という洋菓子店があります。大通りにあったお店は、少し裏に移りましたが、現在もおいしいお菓子を作り続けています。

5枚とも平野さんの写真が使われています
とてもおいしい焼き菓子です

 ラベルには、現在も平野さんの写真が使われています。このラベルのことを、うれしそうに話す平野さんの笑顔を今も思い出します。写真を撮った人は忘れられたとしても、こうして国立の町に生活の一部として生き続けていることは、平野さんが一番望んでいたことだったと思います。

 白十字の店の並びには、洋書を取り扱う銀杏書房という小さな古書店がありました。店の奥に小さな机が置かれていて、そこでゆっくり本を見ることができました。銀杏書房に行く時は自分でいくつかテーマを持っていきました。「青の美しい絵本ありますか」「線の美しい本ありますか」などです。必ず何冊か紹介してくれました。ぼくはその時間が好きでした。

銀杏書房のホームページの扉のイメージ
現在は閉設されて見ることはできません

 銀杏書房は1947年の開業で、骨董品も扱っているお店だったようです。ぼくは、平野さんも当然知っている店と思っていました。しかし、平野さんに聞いてみると、「店の奥から、きりっとした女性が強い視線でこちらを見ていたので、入りづらかった」と話していました。本屋では店員がいても、商品の本に平気でルーペを立てているのに、女性の視線に遠慮している平野さんを意外に思いました。

 2014年、思い切って、平野さんを銀杏書房にお誘いしました。強い視線と感じていた女性は店主でしたが、数年前に亡くなっていました。しかし、長くその人と一緒に働いてきた女性の店員さんと話しができました。その方は、印刷に興味をお持ちで、印刷のことをたいへんよく知っており、いつもの机でルーペを一緒に覗きながらゆっくり話しをすることができました。

 平野さんは、印刷の話しをし始めると、止まらなくなってしまいます。店が混み始めたのを機に、ようやく終わりました。

 店を出る時に、「印刷でわからない時は、チカシマさんに鑑定してもらってください」と言っていました。ぼくは、平野さん公認の印刷鑑定士にやっとなれたと思いました。

 銀杏書房は、本離れが進む時代にコロナの影響が重なり、残念ながら2021年の2月末に店を閉じました。ぼくも、平野さんの思い出と今までの感謝の気持ちを込めてハガキを銀杏書房に送りました。(2022年3月) 

〈後記〉銀杏書房のホームページが見えないことを、あらためて実感。銀杏書房からは春夏秋冬に手作りの目録が送られていました(最終号は2020年冬の80号)。手元に2冊しか残っていませんが、紙で作られた冊子を残してさえおけば見ることができます。しかし、インターネット上に作られたホームページは、一瞬ですべて消えてしまいます。紙で残す大切さを再認識するとともに、これからどのように次世代にバトンを繋げていけばよいかを考えるようになりました。