全盲の女性の方が語る朗読会に参加したことがあります。
朗読された話の中に、杉みき子さんの「長い長いかくれんぼ」がありました。杉さんの幼少期の冬の思い出の話です。雪の多い越前高田の雁木のある商店街が舞台です。 道路は商店の屋根から投げ下ろされた雪で埋もれており、車は通ることができません。
道路に積もった雪には、10メートル間隔でトンネルが作られており、向かいの商店街を行き来できるようになっていました。そのトンネルでのかくれんぼの話です。
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わたしたちの字のことを、視覚障がい者の方は「墨字」(すみじ)と言います。点字が書かれている紙には凹凸はありますが、白いままのため、それに対する言葉のようです。
朗読会が始まると、点字を読むその人の指先を、ぼくは目で追いかけていました。すると、スポットライトを浴びた白い点字のページから、雁木のある雪の町が浮かび上がってきました。 光の差し込まない暗い雁木の商店街と、薄暗い舞台が重なったのかもしれません。
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話の中にあった下駄屋の爪皮(つまかわ)の雪下駄の赤い色も、白いページから見えてきました。
目の見えないその人が心の中で描く「長い長いかくれんぼ」のイメージが、詩情豊かな朗読を通して伝わって来るのでした。
「長い長いかくれんぼ」では、杉さんは鬼に追われ雪のトンネルをいくつも走り抜け、異界に一瞬迷い込んでしまい椿のブローチを失くしてしまいます。
そして四十年以上が過ぎた雪の日、道には除雪車が通りトンネルを作ることも無くなった商店街で、椿のブローチを付けトンネルを走リ抜ける子ども時代のまぼろしの自分に出会い、話は終わります。
歳を取るに従い、ほとんどの人は忘れてしまいますが、子ども時代には誰でも異界を行き来していたのではないでしょうか。 その「異界へのトンネル」の切符が、白い点字のページの中に隠されているように思えてくる朗読会でした。
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杉みき子さんの文章に、小野千世さんが挿絵を描いた国語の教科書も過去にはありました。
ひんやりとしてもらえればと、夏に雪の話を載せました。(2023年7月)