点字は6つの点の組み合わせで、ひらがなを表します。組み合わせがわかると、点を見て読めるようになります。しかし指先では、現在もまったく読むことができません。

 前回の文章に書いた、雨のバス停で出会った学生詩人はゆきやなぎれいさんです。『詩とメルヘン』と同じサンリオから、詩集『うたをうたってあげたい』が出版されており、その中に「文字」という詩があります。

 〝 白い紙の上に浮き出た 

   あわつぶのような点の集まりを 

   私のひとさし指はきょうも追う

   これが私たちの文字

   点字という

   色も書体もない文字

   けれど

   私はこの文字に色を見る 〟

                 「文字」より

縦17センチ*横15センチの詩集
1978年サンリオ刊

 ゆきやなぎさんは、〝あ〟という文字に水色がかった白色を、〝い〟という文字には桃の花のピンク色を見ています。

 指先の感覚すらおぼつかなく、目を閉じてしまうと色がすっと消えてしまう自分に、はたして点字の仕事ができるか迷いはじめていました。

 そのような時、新聞の求人欄で点字印刷所の募集を見付け、とにかくやってみることにしました。

 働いていた製版所の工場長に退職願を受け取ってもらい、飛び込んでいきました。

 その印刷所は高田馬場にありました。初日は灰色の壁に向かう机の上で終日点字盤の独習でした。この仕事をやっていける人かを試されていたのかもしれません。

 終業チャイムが鳴ると、ぼくは案内してくれた人に、「すみません。無理でした」と頭を下げ、足早に作業場から立ち去りました。色を感じることの出来ない一日でした。

 〇

 翌日、小さくなって元の製版所に顔を出すと、工場長は戻ってくるとわかっていたのでしょう、何ごとも無かったように退職願を戻してくれました。

 そして、今まで通り色のある世界で仕事を続けていきました。それでも頭の片隅に、点字のこと、視覚障がい者のことが、ずっとくすぶり続けました。(2023年3月)