2022年3月1日の朝日新聞夕刊の美の歴史書(736)に載った木村伊兵衛さんの一枚です。

新聞をスキャニング
後ろに黒紙を入れましたが裏抜けとシワは残りました

 木村伊兵衛さんは、戦前多川精一さんと同じ東方社にいた方です。多川さんからは、「木村さんの写真はまったくトリミングできませんでした」と伺っていました。写真界の巨匠であり、薗部澄さんの師匠でもありました。

 ぼくたちはカメラのファインダーを覗く時、写す相手(被写体)ばかりを見てしまいます。木村伊兵衛さんは、被写体と同時にファインダーの四隅を瞬時に見て判断していたからこそ、完成度の高い写真ができていたと思います。

 この一枚は、戦後の1954年にアサヒカメラの編集長から声が掛かり、渡仏した時撮影した一枚です。白黒写真を長く手掛けてきた木村さんにとっては、カラー写真は冒険でした。今回の記事には「(前略)日本を離れ、アウェー後に立った木村は、アサヒカメラの要望もあって、白黒だけでなくカラーフィルムでの撮影に挑んだ。作品を収録した『木村伊兵衛外遊写真集』(1955年)で木村は、カラーの一番の欠点は白黒に比べて10分の1の感度で、色は曇った日は青く、夕方には赤く写ったと振り返る」とあります。

 感度が低いことは、手持ち撮影を得意とする木村さんには不利な条件でした。絞りは開放に近い設定で撮っていたと思います。それとわずかな手ブレが重なり、「甘い」味わいの写真になっています。朝日新聞には「巨匠の懐の深さを感じさせる作品」と書かれていました。ぼくがおもしろいと思ったのは、〝色は曇った日は青く、夕方には赤く写った〟 のコメントです。しかし、カラーフィルムは正直な再現をしているだけで、人の目が誤魔化されてしまっているのが本当のところのようです。当時はカラーフィルムも発明されて間もない時期であり、こう考えたのも当然でした。

 現在のデジタルカメラではオートで撮影した場合は、カメラが色順応(オートホワイトバランス)をしてくれます。そのため、オートで撮影をしなかった時の色の違和感は、木村伊兵衛さんと同じに感じることがあります。人は目からの情報を頭の中で調整し、違和感を中和しているようです。「人の目はとにかくすごい!」これは、平野武利さんからよく聞いた言葉でしたが、色順応もその一つと思います。

 ウクライナの国旗の色の黄色と青色は、色順応(※)を説明する時によく使われます。(2022年3月・ウクライナ侵攻が治まることを願う日 )

※京都の検査用照明機器メーカーCCSのホームページです。やや専門的な内容になっていますが、興味のある人はご覧ください。