観たかった映画が、2022年10月にDVD化されました。

 『コタンの口笛』は、初めて読んだ長編小説でした。表紙の骨太の文字と、強く線で描かれた挿し絵が心に残っています。装幀と挿絵は鈴木義治。表紙の文字も、挿絵の筆致に近く鈴木義治の描いた文字だと思います。

 戦前、鈴木義治は映画のパンフレットやポスターを描くことを仕事にしていました。当時の画家(デザイナー)は、文字も自前で描くことが多く、第一人者である野口久光も絵と共に印象に残る手描きの文字を残しています。鈴木義治も多くの文字を描いてきました。

 今回DVDのケースを手にして、この本を読んだ当時の思い出が蘇ったのも、この文字からでした。

 あらためて、手描き文字の持つ力を感じます。このケースの文字に一般的なフォントが使われていたと考えると、印象は大きく変わっていたかもしれません。

明朝体のフォントにしてみると
左が東都書房から1957年に出版された『コタンの口笛』
右が今回発売されたDVDのケース

 『コタンの口笛』の第二部(下巻)のあとがきには、挿絵と文字を描いた鈴木義治さんの言葉が載っています。 鈴木義治さん は寡黙な画家でしたので、大変めずらしいことでした。

 挿絵画家の気持ちが伝わってくる文章です。

 手書き文字に関しては、もうひとり紹介しておきたい人がいます。『暮らしの手帳』の初代編集長・花森安治さんです。『暮らしの手帳』の編集室にいた唐澤平吉さんの文章を読んでいると、花森さんは〝暮らしの手帳〟の文字を毎号絵を見ながら描いていたとありました。縦書き横書き、空間の空きなどを考慮していたようです。すごいことだと思います。

 朝日新聞の日曜日に掲載している俳壇歌壇の文字は、現在も花森安治さんの文字が使われています。

 働いていた時代には、この文字を見て日曜日がやっと来たとホッとしていたことを思い出します。手描き文字の持つ力です。(2023年1月)