ぼくが製版カメラマンの時代に扱った絵本原画の中で印象の残っているものを、バトンを渡していく気持ちで書いてみます。思い出すまま、脇道にもたくさん逸れていこうと思っています。

 最初の絵本は『雪わらしのうた』。国土社から1982年3月に雪の絵話シリーズの第1話として刊行しています。文は谷真介さん・絵は赤坂三好さんでの兄弟コンビです。原画に圧倒されたことを覚えています。アニメに使用するセル画のように透明フィルムに人物と雪の背景を別々に描き、それを黒い紙の上に重ねているものでした。当時の製版ノートには「銭湯のタイル絵のようにピカピカに見える」とありました(四畳半一間、銭湯に通っている時代でした)。デカルコマニー(リンク先は横浜美術館のyYouTubeの映像)で作られた雪の模様は、本当に美しく神秘的でした。

 勤めていた会社にスキャナは、すでに導入されていました。しかし、原画の保護と再現を考え、製版カメラで分解することになりました。MDSという方法です。この方法は、坂本恵一さんの『続レタッチ技術手帖』(日本印刷技術協会・1984年)に書かれています。以下がそのページのPDFです。

 https://yurin-book.com/wp-content/uploads/2022/02/続レタッチ技術手帖(MDSについて).pdf より3ページを転用させてもらいました。赤い文字は、ぼくの方で追加した補足。

 この文中の安達功さんは、ぼくが最初に勤めた製版所の工場長でした。MDSをさらに進化させようと研究されていましたが、感材の原料となる銀の高騰とスキャナの出現で止まっていました。ある倉庫に、安達さんがある光学製作所に作らせた試作の製版カメラを見に行ったこともありました。きっとMDS??製版カメラ??と思う人は多いはずです。別の機会に少しずつ紹介していこうと考えています。製版カメラによる色分解方法は過去の技術です。ただ、当時の技術革新の激しい変化の時代の中で、検証しないまま置き忘れてきたと思っていました。懐古に浸るのではなく、これからの絵の印刷再現を考える時に振り返る機会になればと記しました。

 『続レタッチ技術手帖』には、平面スキャナを使うことが第一に良いとあります。緻密な情報を絵から拾うためには、スキャナが一番かもしれません。しかし、スキャナではコントロールできないライティング(原稿への光の当て方)と、レンズを通すことは、スキャナにはない「味」を生む可能性があるかもしれません。人は絵を、スキャナのように接近して見るのではなく、絵と自分にある程度の距離を持って見ます。製版カメラでは、それができていました。

 レコードはCDに取って代わりましたが、レコードは現在も愛好家には聴かれています。音色と同じように、印刷の色再現にも多様な感性に呼応する選択肢があってよいと思い始めています。この気持ちもバトンに込めた思いです。赤坂三好さんのすばらしい絵に触発されてだと思いますが、絵本『雪わらしのうた』を見ていると、当時の製版カメラの作業風景が蘇ってきます。(2022年2月)