樹木希林さんが出演した映画に『あん』があります。ハンセン病の国立療養所多磨全生園(ぜんしょうえん)のある東村山市・久米川駅前のどら焼き屋を舞台に、どら焼きの餡(あん)作りをめぐる映画でした。樹木さんは、餡作りを通し町の人たちとの交流を持とうとする、全生園で暮らす徳江さんを演じていました。
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この全生園で実際に暮らす、山内定(さだむ)さん・きみ江さんご夫婦の、日常生活を記録した写真集の制作に携わったことがありました。作者は東村山市出身の報道写真家・片野田斉(かたのだ・ひとし)さんです。片野田さんが2年半の間、二人に寄り添い記録した写真集です。
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この写真集は、2012年に『生きるって、楽しくって』(発行:クラッセ)として出版されました。副題には「ハンセン病を生きた山内定・きみ江夫婦の愛情物語」と書かれています。
重たいテーマであり、そして定さんが撮影の途中で亡くなられたこともあり、生々しい現実を緩和するようモノクロームで印刷されています。そしてそのモノクロも重い雰囲気にならないようにと、片野田さんからお願いされていました。
製本は表紙と本文を接着剤で付ける上製本(じょうせいほん)です。接着する際に上下に付けるのが花布(はなぎれ)です。接着剤のはみだしをカバーするとともに、本に色どりを添えています。
本来は折丁(印刷された紙)に色糸を直接縫い付けることにより、本を補強する役目だったようです。
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花布には見本帳があります。片野田さんはその中からえんじ色に近い赤紫色を選んでいました。この色を選んだ理由を片野田さんに尋ねてみると、「きみ江さんは赤紫が大好き。それでこの色で飾りました」と話されました。
花布のように、本には想いを籠めることができるものがあることを知り、小さなところにも気を使い衣装のように本を飾る本作りに魅力を感じました。
本を手にしても、花布に気付かない人もいますが、『生きるって、楽しくって』に携わったことで、本の中におしゃれを探す楽しみを知り、本がますます愛おしくなりました。
小野千世さんから・・・花布は、着物の〝衿〟、髪を飾る〝かんざし〟のようです。本の装丁も何冊か行っていますが、花布を選ぶ時が一番楽しかったです。今も、花布のかわいい本を見ると、それだけで本を思わず買ってしまいます。98歳になる佐藤愛子さんの本には、上の赤と黄色の元気な花布が多いです。
(2022年9月)
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片野田さんは、島本脩二さんという編集者と一緒のことが多かったです。花布や本文のモノクローム再現など本作りのアドバイスを、島本さんから受けていたように思いました。
本ができ上ってから、島本さんから「濁りが感じられず、透明感がありながらメリハリがあり、この本の主題が素直に読者に伝わります。山内きみ江の伝えたい心と、片野田さんの仕事が、このような本のかたちで知られていくのは素晴らしいです」とメールを頂きました。編集者の役割を教わった気がしました。
2019年の秋に、武蔵野美術大学で〝島本脩二「本を作る」〟展が開催されました。よく知っている本の中に混じって、『生きるって、楽しくって』も展示されていました。
展示室に居られましたので、挨拶をしたところ、この本のことを懐かしく思い出してくれました。