22歳の時、高校時代の友人と車で北海道を2週間かけて周りました。一日だけユースホステルを利用しましたが、それ以外はキャンプ場にテントを張った貧乏旅行でした。まだ東北自動車道が仙台の先までで、高速を降りてからは国道4号線を北上し、青函連絡船で北海道に渡りました。

 札幌に着き、北海道立近代美術館が開館一周年であることを知り、友人に無理を言って行くことにしました。その時に見た2枚の絵が、絵を見る時の原点になりました。1枚は岩橋永遠の『道産子追憶之巻』であり、もう1枚は神田日勝の『室内風景』です。

『道産子追憶之巻』は、館内に入りすぐに目に留まった長い絵巻でした。北海道の四季の移ろいが淡々と描かれており、その中でも赤トンボの大群に目を奪われました。そして絵の中に吸い込まれていきました。ぼくは、29mの絵巻を早足で行ったり来たりしていたようです。その姿がおかしかったのでしょう、友人が笑っていたのを覚えています。

 次に心に深く残った絵が『室内風景』です。一面に新聞紙が貼られた空間で、膝を抱え正面を見つめている男の絵です。ぼくは、この男の視線から離れることができなくなり、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっていました。どのくらいの時間向き合っていたのでしょうか。友人は呆れていなくなっていました。

 その友人の名は別所啓一くん。大学では化学を専攻し四日市にある化学製品の研究所に入所しましたが、この20年来音信が取れなくなっています。いつか、このホームページを見てほしいと思っています。

 北海道の澄み切った空気に触れたことで、気持ちが高ぶっていたのは確かです。ただ、それ以上に先入観を持たずに、無垢な気持ちで絵に向き合ったことで、身体の中から自然に感動が溢れたのだと思います。

 現在は、絵を見ていると途中から疲れが出始め、見終わった時には元気が失われてしまっていることがあります。そういう時は、この2枚の絵のことを思い出し、身体で絵をゆったり感じようと、気持ちをリセットするようにしています。

 2011年秋、横浜根岸台の馬の博物館に、父を連れて見に行きました。また、2020年4月には東京ステーションギャラリーで神田日勝展の『室内風景』と再会しました。

 日勝の視線に釘付けにされました。しかし、旧友に出会った気持ちになり、思わず〝元気だったかい〟と声を掛けると豊かな気持ちが湧いてきました。

 〈文章教室で〉小野千世さんから

 「私も北海道で暮らしている時は、少しでも暖を取るため押入れに新聞紙を貼って寝床にしていました。天井からの電球も同じでした。絵本『いとでんわ』にも、電球を描きました。この電球の下で一年間暮らしていました。」と、話がありました。

 小野千世さんが生きてきた、厳しい時代が伝わってきました。(2022年11月)

『いとでんわ』(おのちよ 文・絵 1971年 至光社刊)