2021年9月13日の朝日新聞の『折々のことば』で紹介されていた奥山知世さんの短歌

 内線に 「今は現場」と モーターの 音にかぶせて 叫んで返す

 を読み、働いていた印刷現場での音と働いていた日々を思い出しました。そして、この一首が載る歌集『工場』を読んでみました。その中にあった

 プレゼンを 終えてはがした ポスターを 丸めて武器の ように手に持つ

 この一首を目にした時、ぼくの中で坂本恵一さんの姿が浮かび上がってきました。講演会場に貼るポスターを詰めた大きなカバンを持って颯爽と現れ、演台を前に大きな手ぶりと大きな声で話す坂本さんの姿です。

 成人式の日にNHKが放送していた「青年の主張」という番組があります。その番組を模したのでしょうか、立命館大学で「高齢者の主張」という大会が行われており、坂本さんはその大会で賞を取っています。人を前に話しをすることが坂本さんはとても好きでした。坂本さんの講演する姿は、まさに『主張』という言葉がぴったりします。

 多川精一さんは、「高齢者の主張」で坂本さんが語り掛けた〈怒りをこめてふりかえれ〉を、『紙魚の手帳』(2001年4月10日)に載せています。多川さんも共感するところがあり、坂本さんの心意気を受け止めたのだと思います。

 自分の勤めている会社で、坂本さんの講演を考えました。「品質の保証」と「人材育成」という、硬いテーマを掲げました。しかし、本当の狙いは坂本さんの熱のこもる講演で、職場に『化学反応』(活性化)を起こすことでした。ぜひ「ポスターを丸めて武器のように手に持って」、仁王立ちする坂本恵一さんの姿を実際に見てもらうことでした。

2009年春、講演中の坂本さん
大きな声でした
上:坂本さんからの手書き資料(びっしりと10枚ありました)
下:活字に起こし、一部に手書き文字を残しレジメを作成

 「職場のたこ壺化」は、日々ぼくも感じていたことでした。特に、一人ひとりがモニターの中で作業するDTP部門では顕著になっていました。

 ぼく自身50歳を過ぎてから転職した会社でした。会社に新風を取り入れるように『化学反応』を起こすことが、キャリアの仕事と考えていました。しかし、ぼくの力だけでは弱いと感じていましたので、坂本さんの力をお借りしました。『化学反応』を起こすためには、大きなエネルギーが必要です。70代後半になる坂本さんには、大きな負担になったのではと心配する時もありました。

 老境に入ったからでしょうか、坂本さんからの電話や手紙に、不安と戸惑いがあることをぼくは感じていました。

 講演は、坂本さんご自身の『化学反応』にもなってもらえればと、ぼくは秘かに考えていました。講演後、坂本さんから感謝のFAXが届きました。その後、最後に勤めていた印刷会社で、元の同僚たちを前に講演をしています。楽しかったようです。さらには、入院していた病院のホールで、坂本さんと同じ病気の患者さん仲間とお医者さんを前に講演されました。そのレジメも作りました。ホールの演台で、大きな声で集まった人たちに語りかけ、歌も歌っていた坂本さんを見て、再び心に灯が点いたことをとてもうれしく思いました。(初掲載2022年2月・追記を3月に)

FAXとアンケート(当時の会社役員からのコメントです)